神札について 1

我が家にある神札のご祭神には、イコンシールのダークを貼ってほとんど帰っていただいたということをお伝えしましたが、全部の方に帰ってもらったわけではなりません。

 

5月にカバンに入れて山頂までご挨拶に行った『伏見稲荷大社』の神札、4月中旬に仲間(友人2人)がご神業に行ったときに訪れた愛媛県の『石鎚神社』と徳島県の『大劔神社』の神札、同じく4月に我が家にお迎えした『天神一路 神狐隊』の4つの神札はそのまま祀っています。

 

伏見稲荷大社のことは、すでにご報告しました。

4月中旬のご神業(しんぎょう)のことは、書こうかどうしようか迷ったんだけど、どうもフェーズが変わったみたいなので、今回は書かせていただくことにしました。今回、私のご神業ではなかったのですが、大きくとらえれば私が住んでいる地域の神社だったので同行させてもらったのです。

 

ご神業自体の指示は、天(精神界)から数年前に降ろされていました。

私の地元の話なので、

私:「いつ行くの? 着いたら車で案内するよ」

友人:「うん。また、行けるようになったら連絡するから」

というようなやりとりを、10回以上繰り返した記憶があるのですが、どうも時が訪れていなかったようで、数年の時を要したのです。

 

そして、

友人:「なんかね。これからのご神業は以前とは違って、ウキウキと楽しみながらやったらいいって言われたのよ」

私:「はぁ~い!?(なによ、それ?)」

 

そんなやり取りをしながら、気長に待っていたところ、2022年4月の中旬に決行されることになりました。これは私見ですが、3月5日の精神界での『その日その時』が起こった後に、目的の2つの神社へ行く必要があったのかもしれません。

 

私自体には、天(精神界)から神業のご指示が下ったことはありません。

まあ、能力的にも普通人ですから。

以前に興味があって、あれこれと神業を調べたのですが、昭和の神道家・金井南龍氏の本「かみさまのはなし」にも、いくつかの実体験の神業の様子が掲載されていました。その一つに彼は広島の宮島の弥山の頂上で、真夜中に豪雨と雷鳴の中で妖魔と闘いながら神業を決行するというスペクタルな状況の体験がありました。その道は、人間にとってはひとつ間違うと命を失うかもしれない危険な使命だと語られています。実際に、多くの方が道半ばでひっそりと亡くなっているようです。

 

今回のご神業の当事者は2人。そして、私ともう一人の2人がサポートに回り、磐座と話ができる『石神師』が九州から車で駆け付けました。石神師の本業は、造園業と農家。ちょうど閑散期だったみたいです。

 

本来の神業は、ご神体である山の頂上まで歩いて登るのが正式ですが、途中が通れなかったりとアクシデントもあって、先に平地にある本殿に向かいました。ご祭神がいなかったら、次善の策を考えようということになったのです。

石鎚神社も、大劔神社も、お社にご祭神が待っていてくださいました。

参加者全員で、「ご祭神、いらっしゃったよね」と確認しあって、当事者の方々は拝殿で祈り、役目を果たしたのです。

 

どちらの神社でも、私は神札を買いました。

所縁のある神社の神札なので、ご祭神にはそのまま帰ってもらわずにいまでも手元に置いています。

 

とくに徳島県の剣山のふもとにある大劔神社では、不思議な現象に遭いました。

私は神札を、ほかの人は御朱印を書いてもらおうと、神社の方にお願いしました。長髪のひげを生やした方だったのですが、先に御朱印帳をもって中に入り、書いてから持って出てこられたのですが、最初の方と全く雰囲気が違っているんです。出されているエネルギーの質が違うといえばいいのでしょうか。

『…別人かな…』

と考えたのですが、同じような服装で、同じような身長、髪型、ひげを生やしているひとが2人いるとは思えない。

神札を買い求めるときに向き合ったのですが、最初の時とは全く違う人に見えて仕方がなかったのです。

『私の勘違いかもしれない…』

そう考えて、お社の階段を下りて行ったのですが、途中で御朱印を書いてもらった一人が、「御朱印を書いてもらう前と後では、全然別の人みたいで、びっくりしたわ」と言っているのを聞いて、私の勘違いではなかったのだ、と知ったのです。

 

友人が言うように、同行させてもらったご神業はらくだったし楽しいものでした。

5人のうち4人は、よかったのですが、一人だけ、大変な目に遭った人が…。

詳細は、ご本人がブログに書いているので読んでください。

(シンロジア なんでも体験談 めまいと吐き気)

こちらでもブログを書いています。 日戸 乃子(ひと のこ)

続・死んだらチャンネル 向こう側からのメッセージ

 

 

(次回に続く)

※長文になったので、我が家のお狐さん事情は次回になります。

 

 

光の経済って どんな経済なの?

 

この間の大阪セミナーで、波動シール2種類を補充してきました。

今回は、「最後の審判」と「無神論者霊界」で、前者はいつも審判の層に上がるために協力してもらっているシールで、後者はこれから必要になるということがわかったシールです。(必要な理由は、続・死んだらチャンネル2に書く予定です)     https://shindara-channel.com/

 

昨夜も寝る前に、以前に購入して余っている「審判」(現在は販売していません)シールを両こめかみに貼り、額に「最後の審判」シールを貼って、浄化と上昇をしていたところ、「ああ、そうだ。神社でもらってきたお札。それに帰ってもらおう」と思い立ち、神札にダークイコンシール中型を貼り、コマンドを入れることで、ご祭神のエネルギーを抜きました。

 

ここ数年、神社に立ち寄ると、かならずといっていいほど買い求めてきたお札。

それにイコンシールを貼って光を持つように活性化したりしていましたが、これからの時代、それらは必要ないなと思ったのです。なぜ、神社でお札を求めてきたのか。自分の心を見てみれば、そこには『ご利益信仰』的な気持ちと、地球の神々が助けてくれるという思いをずっと、私は持っていたのだと気が付きます。

 

これは、親に依存する子供の心と同じで、また、親側も子離れができていない状態なのが地球の現状です。それがそろそろ終わりを迎えて、違ったステージに到達するようです。親子という関係性はありますが、各自、自分の問題と責任は自分で解決するしかなく、人間も神も『最後の審判』を求めてこの最後の時を動いていくしかないのです。

 

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そのように書いた後ですが、この5月中旬に私は京都の『伏見稲荷大社』に行ってきました。

神社仏閣が多い京都でも、赤い鳥居が並ぶ風景が好まれて屈指の観光名所になっており、大勢の外国人の方も参拝に来ていました。

 

今年3月にも大阪セミナーに来たついでに京都まで移動して、こちらの神社にご挨拶に行きました。いつも通りに神札を買い求めて、本殿でご挨拶して帰ってきて、イコンシールを貼ったところ、神札がしゃべり始めました。神さまの言葉がわかる通訳(?)を通じて知らされたのは、

「なんか本殿前で、ごちゃごちゃ言っていたけど、さっぱりわからなかったわ」

という、まさかのお怒りのお言葉。

 

そんなー。いや、来るべき光の経済に参加したいって、言挙げとご挨拶にいっただけなんですけど。(そうですか。それはたいへん失礼いたしました!)

 

そのような経緯があったので、5月の今回は、3月に購入した神札をヴァグリエのカバンに入れて背負い、稲荷山の頂上まできっちり登り、お賽銭代わりに小さいながらも赤い鳥居を奉納してきました。そして再度、

 

『光の経済を学び、参加したいので、よろしくお願いいたします』

 

と、言挙げして、疲労で脚がつりそうになりながら下山してきたのです。

(階段と山道が続くので、かなり足が疲労します)

 

 

京都の伏見稲荷大社のご祭神は、ウカノミタマさまです。

経済や商売の神様として全国から人が参拝に来ますが、その方たちが寄進した赤い鳥居が参道沿いにずっと続いています。そのウカノミタマさまが、未来の光の経済のためにかなりの数の白狐たちを教育中です。

 

では、光の経済とは何なのか。

その前に、現在の経済がどうなのかということを考えてみませんか。

3月5日に、黒龍であった『金利の神』が去りましたが、現在の経済は金利の神を反映した99%の持たざる者と1%の国際金融資本家の組み合わせで世界の経済は成り立っています。多くの人が気が付いていないだけで、今回のロシアとウクライナの戦争でも戦争ビジネスとして多額のお金が人為的に動いています。そして、このお金による力の格差は、途方もない天文学的な数字として、今後も時間とともに積みあがっていくでしょう。

そんな希望がない世の中に、住みたいですか?

自分の生活を維持するお金を稼ぐことだけを考えなくてはならない世界に住み続けたいですか? それは全く希望が見えない、奴隷のような暮らしに、私は見えます。

人間の生まれてくる目的は、そんなことじゃないはずなのに、です。

そして、私達の次の時代には、もっとそのお金(経済)の枷はきつくなっていると思いませんか。ユダヤが信じている物語(法則)によって、今の地球はコントロールされているのです。

 

対して、未来にある『光の経済』と考えられているものは、まだその形ははっきりと見えてはいません。新しい経済は、新しい概念のもとでしか、生まれないのです。日本人の意識が、世界が信じている西洋の物語(法則)から脱していかなければ、新しい概念は生まれようがありません。光の経済は、江戸時代などの昔の日本経済に戻ることではありません。それらの歴史を踏まえ、そして超えた、新しい経済価値を創造していくことが『光の経済』になるのだと、私は学んでいます。

そして、世界から「貧乏人を減らしたい」というのが、ウカノミタマさまの考えている方向性らしいです。

 

ここまで書いて、文章が長くなったことに気が付いたので、我が家のお狐さん事情を書くのは次へ回します。

 

日戸 乃子(ひと のこ)

 

 

シン・ショシリーズ第一弾 『日本人は救世主』の予約を受け付けています

2022年5月、シン・ショシリーズ第一弾『日本人は救世主』が出版になります。

この本は、デジタル図書化されていた『記紀は時空の設計図』と、『日本のしくみとは何か』の二つを一冊に構成し直したものです。

元刑務官で作家の坂本敏夫先生を聞き手にして、精神学協会会長の積哲夫氏が、いまの世界における日本人の精神世界的な位置づけを、世界史や聖書の神の物語にスライドさせて、知識を理解できるように語ります。

 

またシン・ショシリーズでは、第二弾として『神を超えよ!仏を超えよ 積哲夫の言葉』を、2022年中に出版する予定です。これは、今年2月に雪崩で亡くなった何田匡史(本名:能登匡史)氏が積哲夫会長を取材し、2017年から5年間にわたり執筆していた彼のブログの1話から71話までを収録したものです。

 

第三弾は、こちらのシンロジアで『会長のひとりごと』として執筆していた文章を前半に、『コモリもコボレも救世主』という題で刊行される予定です。

 

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つきましては、

今回、第一弾の『日本人は救世主』の予約を受け付けています。

 

一冊1980円(税込み)+送料で、ご自宅までお送りします。

送料=1冊だと400円、2冊だと600円、3冊以上はゆうパック着払い(受取人負担)になります。

 

ご希望者がいらっしゃいましたら、下記メールアドレスへお申し込みください。

書籍申し込みメールアドレス hitonoko2016@gmail.com

 

●お名前  ●希望冊数  ●本を送る住所(〒番号含む) ●電話番号 は必須になります。

折り返しこちらから、金額(書籍代+送料)、振込先などのメールを差し上げます。

 

 

日戸 乃子(ひと のこ)

 

 

 

 

自殺の真相!?憑くものとは

 

今年のGWの終盤に、66歳の俳優さんが、自宅で縊死されたことがニュースになりました。

「事故ではない」という発表なので、もしかしてご自分で命を絶たれた可能性もあるのかな…と考えました。2年前に、売れっ子の俳優さんと、同じ映画へ出演していた女優さんが相次いで亡くなられたことが話題になったこと、覚えている方も多いと思います。

 

警察庁の発表によると自ら命を絶つ理由は、一番新しい統計の2021年で「健康問題」「経済・生活問題」「家庭問題」「勤務問題」の順だそうです。

自殺者数の推移は、1998年に32863人を記録してから2011年の30651人まで、14年間3万人を超えていました。昨年の2021年には、21007人となり、その66.4%が男性です。

 

少しは減少したものの、それでも数字としてみると多く感じられます。

 

私としては、これらの人たちが全員、明確な意図と決意をもって自殺されたとは考えにくいと思っています。

 

それというのも、先日こんな体験をしました。

 

我が家では、2匹の猫を飼っています。

野良猫だったのを保護した猫たちで、そのせいもあるのでしょうか、よく家の外に出たがります。人の出入りを観察していて、少しでも戸が開いていたら、そこからするりと人間の足元をすり抜けて出ていくのです。

 

2階で、洗濯物を干していた時も気を付けていたのですが、若いほうの猫が足元をすり抜けてベランダの物干し台の下に消えていきました。

「猫、逃がしちゃったわ!」

と、パニックになる私。とりあえず、外出中の家族にメールで報告したのち、近所を探して回りました。

 

数年前に年長の猫の方が脱走して、三日間ぐらい帰ってこなかった出来事が脳裏によみがえります。あの時は、夜になっても眠ることができずに、何度も家の周りを捜索しました。いつもは、数時間で帰ってくるのに帰ってこない。交通事故にあったのか、猫のくせに運動神経がよくないので、どこかに入って出られなくなっているのか。ぶくぶく太っているので、食料にされたのか…。ありとあらゆるよくない発想が出てきては、それを打ち消していくという作業を繰り返しました。

もう生きては会えないかも・・・と考え出した矢先、三日後に見つかったのです。

 

その出来事を思い出しながら、猫の捜索をしていたのですが、私の脳内に突然、

「私が、死んじゃったほうがましかも…。猫逃がしたから、また家族に叱られるし。このまま見つからずに、猫が帰ってこない。いや、どこかで猫が死んでいたらどうしよう。そんな現実は見たくないや…」

という思いが沸き上がってきて、一挙に意識レベルが降下していくのがわかったのです。

その状態は2分ぐらい続きましたが、徐々に回復しました。

 

この文章を読んでいる皆さんにはわかったと思いますが、猫が脱走したぐらいで「なぜ、死ぬことを考える!?」という疑問にぶち当たると思いますが、突発的に嫌な出来事を体験した私は、隙を突かれて「何か別のものが乗っていた」、または「何か、よくないものに憑かれた」という現象が起こっていたのです。

 

体験的な意味合いがあったと思うので、その状態は長くは続きませんでしたが、この意識が落ちた状況が外せない場合は、そのまま自殺してしまうこともありえます。

 

訃報に接して、世間では「そんな兆候はなかった」、とか、「この先の予定も入っているのになぜなの?」といいますが、そこそこその人が幸福そうな場合は、決して計画的なものではなく、何かの闇に憑かれた結果の衝動的な行動であることも十分考えられます。

 

霊界であれ、魔界であれ、見えない世界が重なっているということは、それらの影響を受けてしまう可能性も排除できません。人間由来の霊界系なら悪霊、魔界系なら悪魔や魔物。そういうケースは人間が知らないだけで、かなりの件数があるのではないのかなぁと、自分の体験と警視庁の発表している数字を見ながら考えたのです。

 

まずはご用心。自分だけは大丈夫と思わないで、意識が急降下したら、深呼吸してから、精神学の『浄化と上昇』を試してみてください。浄化と上昇の言葉を声に出して言うだけでもいいです。

それによって、意識を浮き上がらせることができます。

 

※追記

猫、帰ってきました。ベランダの下に隠れていたようで、夜になって、出てきました。やれやれ、です。

 

 

日戸 乃子(ひとのこ)

 

 

 

トラウマの発動・・・

 

ゴールデンウィークの真っただ中に、義父の四十九日の法要が営まれました。

お墓への納骨もこの機会にするということで、会館ではなく、はじめてお寺で行うことになりました。

宗派にもよると思うけど、法要・納骨合わせて約一時間で終わり、近場のお食事処でそれぞれ好きなものを注文しての会食になりました。義兄の家族、別に住む私の息子の家族、そして我が家のメンバーと10人ほどの小規模な集まり。

一世代上の兄弟数の多い世代とは違って、どこの家庭もこれまでとは違った少人数の集まりになり、そのうちに法要自体も縮小または省略されていくのかもしれない。葬儀会館も、お寺も、生き残りをかけて、商魂たくましく、様々な新システムを提案してくれるけど、いささかうっとおしい感があります。要するに、囲い込み的なアプローチが展開され、法要とかに不慣れな人にはある意味ありがたいかもしれませんが、システムに乗った場合、料金もその体系に組み込まれるから、ややお高くなるので見極めが大事かもしれません。

 

その、法要後の会食中のことです。

息子が、自分の娘の顔立ちが私に似ているといい、自分も子供のころから母親似だといわれていたと語ったところから、私の意識の回転速度が急にスローになる現象が起きてきました。相手の言葉が、内側に入ってこないし、理解が遅い。

 

「この現象は、なに?」と怪訝な顔で会話に参加していたんだけど、相手には少し不機嫌な顔にしか見えていなかったみたいです。私自身の急な意識の変調がなぜ起こったのか理解できずにいました。

 

会食はお開きになって息子家族は帰り、私たちは義兄家族の帰る航空便の時間が来るまで、観光名所を案内して回り、夜に帰宅しました。

 

ひとりになってから、私の内側で何が起こったのかを考えてみました。

 

キーワードは、『私と顔が似ている』という話題だとわかっていました。

 

私自身は父親似で、父親の一族は同じような特徴を持つ顔の人が多く、それは父方の祖母からの遺伝でもあったのです。

 

理由については端折りますが、母方の祖母は、父方の一族を憎んでいました。私の母親の中にも同じような気持ちがあったのでしょう。ですから、父方の特徴を持つ私は、母方の祖母にとっては孫であったとしても、『敵』という認識でしかなかったのだと思います。

子供の私には、それらの事情が全く理解できず、常に攻撃や意地悪をされることがつらくて仕方ありませんでした。母親に似た妹は大事にされてかわいがられるのに、なぜ私は攻撃されるのか? 子供の時から、度重なってつけられる傷と蓄積していくマイナスのエネルギーを抱え込んでいました。唯一、頼れそうな位置にいる父親は、自分自身の内面の傷にも気が付かないほどの精神性の幼さから、逆に父親がもつ怒りを子供の私が処理していたぐらいなので、まったくあてにはできなかったのです。

 

私の体験からいえば、「父方の顔の特徴がある」ということは、攻撃の対象になるということでした。

 

今は、母方の祖母も、母親もなくなっているので、たとえ父方の顔の特徴を持っていても全く問題はないのですが、キーワードにより私の記憶の蓋が開いて、意識の底の方に残っていた記憶と、それに付随していた負のエネルギーが浮上してきていたのだと思います。

 

人生のテーマとしての『学び』だったとしても、長期間にわたって受け続けてきた他人からの攻撃的な負のエネルギー、またそのエネルギーに対抗して私が出した負のエネルギーもあり、精神学を学ぶことで理解して知識(光)に替えたと思っていても、まだ私の小宇宙の底には残っているということ。

 

これらがあるから、シール類を使っても『最後の審判』まで、なかなか到達することができないのかもしれません。

 

最後に。

昨年11月に、今年2月に雪崩で亡くなった何田さんに大阪セミナー後の宿泊予定のホテルにて『浄化と上昇』の指導をしてもらった時のエピソードです。

 

浄化と上昇が終わって、一通り説明を受けた後に、

「『ぎゃくたい』という文字(言葉)が視覚化して見えましたけれども、心当たりありますか?」

と聞かれました。

彼は、恐る恐るという風に切り出してきたのです。

 

「はい。あります」と答えました。

 

その時、詳しい説明を何田さんにはしなかったのですが、それは私の子供時代のことだと理解していました。

 

といいますか、子供時代のことは「いじめ」とか、「不公平」とか、「えこひいき」とかという分野で私自身は考えていたのですが、精神界でははっきりと「虐待(ぎゃくたい)」としてカウントされて記録されていたということがわかり、私としては「正しく記録が残っているのならそれでいい。満足です」と考えたのです。

 

私がつらかったことを、そしてその精神的な崩壊から軌道修正するのにどれだけの時間がかかったのかということを、当の祖母や母親が認めてくれなくても、精神界にきちんとデータが残っているのなら、何ら問題はないのです。

私の人生の初期から置かれていたそれらの一連の苦難は、私の人生の大きなテーマの一つでした。長い時間、ほぼ一生をかけてそれらを読み解き、私の小宇宙にため込んだマイナスのエネルギーを知識という光に替えて無力化していく。このテーマって、人類にとっては普遍的なものの一つなので、私が自分の問題を理解して読み解くことで、人類全体の負荷がほんの少し軽くなるということにもつながります。

人の考えや行動は変えられません。

変えられるのは、自分の分だけです。

 

日戸 乃子(ひとのこ)

 

 

義父の死

 

地元で、桜の開花宣言がニュースになった翌日、病院に入院していた義父が旅立ちました。

午前三時ごろに、見回りに行ったら、すでに呼吸が止まっていたそうです。

コロナの影響もあり、入院後はまったく面会ができなかったので、残された家族にはやはり、納得できない思いが残っています。

 

おりしも、物質界と重なるように存在していた霊界と、魔界の境界線がなくなったらしいという情報も得ていたので、家族として私は亡くなった義父はどうなっているのかと心配でした。

脳出血で倒れたのが11年前、それから自分で努力して要介護5から要介護1まで回復し、車いす生活で右半身まひながら自分のことは自分でできるように頑張っていた義父。倒れる前から『命の書』には登録していたけれど、亡くなるまでの人間としての苦労は、施設への入所という環境の変化も加わり、大変なものだったと思います。

 

コロナでの面会制限がなければ、毎日でも病院に行って話を聞くことができただろうに…。少年整備兵として第二次世界大戦に参加しただけあり、忍耐強さは人一倍あったと思います。私は、義父が入院してからはイコンデバイスで、遠隔にてイコンシールの波動を送っていましたが、それらが義父の助けになったことがなぐさめです

お葬式の時には、秘跡オイルを塗布(終末の秘跡)して、義父を送り出しました。

 

ガンを患った実母の時は、波動シールはまだ存在していなくて、SEKIオイルしかなかったので、ずっとは母親にオイルトリートメントをし続けました。今回は、近づくこともできない環境でしたが、遠隔で闇を除去し、光の波動を送ることができる方法があり、義父にしてあげられることがあって、ありがたかったです。

それでも、人間が一人いなくなるということは、いろいろな人に影響を与えます。

発熱はなかったものの、私はお葬式後には風邪の症状が続き、家族の体調も悪化しています。残ったエネルギーの処理をするために、毎日、自分自身の頭頂に「最後の審判」の波動シールを貼って、審判の希求を繰り返していますが、情けないですが体感はもう一つというところでしょうか。

 

 

一昨日、用事があって、心霊師のTさんに連絡を取ったところ、途中でTさんの声が出なくなるということがあり電話を終えたのですが、翌日気になって再度、連絡を取りました。三月末に義父が亡くなっていることを伝えたところ、「ありがとう。感謝している」という感じの思いが伝わってきているといわれて、私はTさんを通してあちら側の義父からの伝言を受け、たましいの安否が確認できたのです。

どうやら、魔界と融合したあちら側でも、義父はちゃんと存在できているようです。安心しました。

 

人間って、生きている間は嫌なことや苦しいことをたくさん体験します。それは死ぬまで続くことなのでしょう。そして、そこから逃れたいと思うのが、普通の感情でしょう。

私はそれらの思いが意識の表面に出るたびに、自分に言い聞かせるようにしています。

「私が生まれる前から地球は闇の中にあり、この状態であることはわかっていて生まれてきたのでしょう。だったら最後まで人生を完遂するしかないじゃない」

 

まあ、私流の自分自身を納得させるおなじないです。

覚えがなくても、自分で選んで生まれてきたのなら、私は、私の物語の最後までを読み通すしかないのです。ほしかったのと、まったく違ったストーリラインが出てきたとしても…。

 

ところで、少し話は変わりますが、死ぬっていうことは物質的な肉体がなくなって、たましいだけの存在になるということですよね。そのたましいには、データとしてのこれまでの記憶しかないとしたら、肉体をなくすという変化が起こったのちに、肉体を持っていた時の記憶や感情ってあまり意味がないような気がします。

 

うまく伝えられないかもしれませんが、死んだときから先は、これまでの人間であった時と全く存在の在り方が変わるわけで、これまで物質的に制限されていたものがすべて(?)なくなることになります。ということは、人生の多くを占める『人間関係のいざこざ』『お金の問題』などの、物質界にいるからこそ制限されたり、背負わされたりしているくびきが外れていくことになるのです。

 

そう考えれば、生きている間に負の感情をため込むことに意味はあるのでしょうか?

 

永遠はなく、そう遠くない未来にはすべての物質的なくびきや関係性から、死をもって解放されるのに、です。人間が、負の感情をたましいにため込んだ結果、それらが次のカルマとして残るのなら堂々巡りになりますよね。

それは復讐権(納得できない思い)にも通じる行いになっているのでしょう。ですから、繰り返し人間を最初からやらなければならないことになります(生まれ変わらなければならない)。

 

じゃあ、どうすればいいのか。

 

もう、すでに肉体をなくしたたましいの視点で他人に接し、たましいの位置から世界観を確立するしかないと思います。自分が人間であり続けると思うから、人間固有の問題にひきずられてしまうのかもしれません。

死は、肉体や物理的な制限からの解放であり、人間の生はたましいの存在期間全体から見たら、限られた時間の特殊な体験でしかないのです。

 

注目すべき視点を反転させたら、地球は闇の中にあっても、恐れるものは何もないことがわかってきます。単純ですか、ね。

 

ではまた。

 

 

 

【人間の身体用】波動シールの可能性!

昨年12月4日に、特別養護老人ホームに入所していた義父が、肺炎で緊急搬送されました。

連絡を受けて病院に駆けつけてみると、長い時間待たされた後、別室に呼ばれて、ほぼ白く映った二つの肺のCT画像を見せられました。

 

「死にます」

 

年配の医師から、まことに簡単な状況説明がされたのです。

彼の経験からいけば、もともと胸水があり右肺が半分ほど機能不全の上に、今回の肺炎。確実に死んでしまう経過が見えていたのでしょう。

年齢も94歳。脳出血による後遺症で10年ほど歩けていないことから、体力もギリギリで痩せています。

 

折からのコロナの蔓延で、病院では一切の面会が断られていました。

しかたがないので私がしたことは、自宅に帰ってから、イコンデバイスを義父の名前で作動させることです。

 

ダークのイコンシールには、「〇〇〇〇(対象者の名前)の意識と体に、審判の先に導く光あれ」(これは2022年から使用しているコマンドです)

 

ライトのイコンシールには、「〇〇〇〇(対象者の名前)の意識と体に、光の宇宙につながる光あれ」(これは2022年から使用しているコマンドです)

 

これらのコマンドによって、遠隔でエネルギーを除去したり、届けたりすることができるので、それを行いました。最初は毎日、イコンシールを交換しましたが、現在は2、3日に1度の交換にしています。(イコンデバイスは常時スイッチオンの状態です)

イコンデバイスの遠隔での使用は、現在でも続けています。

 

いつ病院から危篤の連絡が来るかもしれないと緊張していたのですが、その後に届く病院からの連絡は「入院手続きをお願いします」「ハンコを持ってきてください」「コロナ病棟ができたので部屋を変わりました」という通常の連絡のみ。

 

クリスマスも、お正月も過ぎて、2月の最初には病状がいったん落ち着いたので療養型の病院への転院になりました。もちろん、まだまだ予断は許されない状態で、食事も口からは摂れず、鼻からの栄養注入になっています。

 

転院時にやっと会えた義父は、いっそう痩せていて背中には褥瘡もできて辛そうでした。

しかし、話すことはできるので、言葉少なでしたが会話をしました。

 

転院後は、週に2回、洗濯物を病院まで取りに行き、代わりに新しい下着などを預けて帰るようになります。

 

 

その届ける下着やシート類の隅っこに、波動シールの【人間の身体用】としてある『肺』『肌』『心』『Bio plasma』『athlete』のシールを組み合わせて、医療用のサージカルテープでしっかりと接着して義父の身体に近いところに置けるように工夫しました。

 

『肺』→肺炎の症状の修復

『肌』→褥瘡の治癒を目的にして

『心』→心臓肥大症を診断されていたので

『Bio plasma』→【人間の身体用】の波動シールの効果倍加のため

『athlete』→筋肉など身体の側の強化

 

人間の身体の臓器は、臓器固有の波動数をもっていることが、既知の研究で知られています。

それらの周波数を治療目的で発信することができる医療機器も現実に存在しています。

人間の身体用波動シールは、シールに書かれた臓器の周波数を出します。それによって人間の身体の修復が進むなら、これは画期的なことです。

 

期せずして、義父の危機的な病状が改善したのも、これらシール類のおかげではないのかと私は考えています。これからもシールの使い方を模索しながら、いろいろなケースを試してみますの、新たな気づきがあればまたご報告させていただきます。

 

波動シール『審判』を使ってみた

数か月前から、家族の体調が悪い。

咳が止まらず、食欲も落ちている。イコンデバイスを遠隔でかけ続けたが、症状は治まらない。好みの違いから、オイル類とかは塗らせてもらえないので、ポットに秘積水を入れてさとられずに飲んでもらい、普通の食パンとして光パンを食べてもらっていた。

しかし限界を感じる。そろそろ、次の解決方法を考えなければならない。その結果、私が「審判の層」に常時上がれるようになれば、かなりのマイナスエネルギーを処理できるようになれると思い、カウンセリングを申し込んだ。上昇と浄化の時には、いつも審判を希求していたが、到達しているのかどうかわからない。

 

 

11月7日、大分のカウンセリングを受けた。

今回のテーマは、「審判の層」に上がり、最後の審判を希求すること。

 

ちゃんとテーマ設定していったにも関わらず、私のスマホが亜・宇宙を創っている状態になっており、その処理で今回は終わってしまった。

「スマホがこんな状態になっているのは、初めてのケースですよ」と言われたけれど、これから私のようなケースは増えるのだろうなと、漠然と思った。あまりスマホを使わない人間なのに、なぜ亜・宇宙が形成されているのか全く分からなかったが、上昇と浄化時に常用使用していた『波動シール・テスラ縦波』の影響があったようで、私に関して縦波は使用差し止めになった。亜・宇宙の中で上昇と浄化をしても、私の審判を希求する祈りは、まったく天には届かなかったらしい。

 

『亜・宇宙』(闇の宇宙)の創造。

どうなることかと思ったが、解決は意外と早かった。

ありがとう、ジョブズ。適切な助言が、すばやい解決につながった。

あなたが、参戦してくれて、心強いです。歓迎します。

現代科学の次の時代を創るために、光の存在として、若くて能力のある人たちとともに働いてください。

 

そういうわけで、『審判の層に上がる』という目的は達せられないまま帰宅したけれど、幸運なことに次の日曜日に大阪で行われる「シンロジカルセミナー」に出席できる運びになった。やったね…ということで、死んだらチャンネルの連載をしている何田さんに連絡を取って、上昇指導をしてもらえるように予約を入れた。

今年7月の大阪セミナーの翌日、集まった場で、何田さんに初めて公開上昇指導をしてもらった。10人ぐらいが立ち会ったなか、上昇をしていくと、イエス様が現れて、そののちに『光の剣』(フツのツルギ)と光輝く『最終知識』をもらったらしい。

 

なぜ、らしい…、なのかというと、私には一切映像が見えなかったが、何田さんには脳裏に映像が見えていて、その指導に従って私は目の前の剣をつかんだり、上昇したりした。

 

11月のセミナー後に、審判の層に上がるべく、何田さんに上昇指導をしてもらった。

イエス様と花冠をいただいた花竜、天使たち、いろんな存在が、何田さんのビジョンに現れたが、これらの詳細は省くことにする。

ただ、審判の層に上昇するためにはいったん下降する必要があり、下に降りていった結果、すでに私の中では解決している幼少時の問題が、私の小宇宙内では「つらかった時期の時を止める」という状態を起こしていて、その時間をふたたび流れさせる作業が必要だった。

そして、審判の層に上がれたと思った。

 

翌日のお昼からの集まりの時に、波動シール「審判」を試させてほしいと、会長にお願いした。審判の波動シールが作成されていたことは人づてに聞いていたが、使用した人が一挙に悲惨な過去世の体験記憶をよみがえらせて少なくない衝撃を受けたこともあり、その存在はあまり公にはされていなかった。

 

会長がいらっしゃる場なら、何か不測の事態が起きても治めてもらえると考えて申し出たのだ。悲惨な過去世は、私には2つほど心当たりがある。できることならリプレイは嫌だなと、願った。一度きりなら、どうにか再生は耐えられるのか…。自信はない。

 

まあ、その程度の覚悟だから、審判シールを用いても「審判の層」には達することはできなかった。

 

「カウンセリングでも言ったと思うが、君には絶望が足りない」と会長。

 

人生に絶望して、『私の罪が深いなら、ここで死んでもいいですから、審判を求めます』という境地で審判を必死で求めるなら、審判の層に達することができる。

甘い考えでは、審判の場には到達しない。

審判の場は厳しく、また審判された結果、会員といえども右へ行ける可能性は100%ではない。

 

余談として書けば、私の次に何田さんが審判シールを試してみた。

両こめかみにシールを貼ったあと、「審判シールが、何か言っています」と何田さん。

 

審判のシールが、何を語るのかと緊張する参加者。

 

「審判シールが…。審判シールが……ここにあります」

 

これって審判シールの自己アピール(CM)かい?。 緊張から一転して笑いが起きた。

 

こういう一連の流れがあり、会長から試しても大丈夫そうと許可をいただけた数人は『審判シール』を購入して帰ることができた。

その後、額に貼って、2度ほど自宅で上昇を試してみたけれど、上がり方はお札を使用するだけの時とは別感覚で、うまく上がれたような感覚が生まれると腹部に重苦しいザワザワ感がでてくる。もしかして、審判の層の下段ぐらいには手が届いていて、腹部にたまった闇が処理されているのかもしれない。(感覚をお伝えしているだけで、結果を保証するものではないです。エネルギーのわかる人、検証してくださいね)

ただし、闇の処理(?)と関連性があるかどうかはわからないが、私の両瞼は赤く腫れた状態になり、首筋や耳に赤い帯状の湿疹がでている。

 

『闇がたまり、下腹部の不調を感じている』なら、試してみるのもいいかもしれない。

 

これからの時代。

深い闇のエネルギーに対抗するには、審判の層に上がり自分で闇を処理できることが、やはり必須だと思う。

 

でも、自己責任でお願いね。

絶望は、ご自分でご用意ください(笑)。

 

 

 

明日からの〝世界〟

武漢ウイルス騒ぎも少し収まってきたようで、その一因はワクチンの普及と言われている(本当か)。

今日の朝の情報番組は、「ワクチンに対する誤った情報の流布を正す」としていたけれど、メディアの情報はどれも信じがたく、横目で見ながら、朝食を終える。もう大本営発表はいらないかなぁ。信じられないもの。

 

一方で、総裁選の候補が出そろい公約などが取りざたされているが、わたしが見るに、要するにこの国は今まで通りのアメリカ経由の支配になるか、はたまた中国経由での支配になるかという様相にしか見えない。最後に参加した候補にいたっては、半島利権も絡んでいる可能性をぬぐえない。

 

この国の主権を持つといわれている国民にとっては、夢も希望も薄い政治状況で、ため息しか出ない。

せめて、日本国の総裁になる人物は、その配偶者とともに過去さかのぼって三代は生まれた時から日本国籍を有するという制約を設けてほしいものだと思う。それをされると困る人が多いので、絵に描いた餅どころか、気が付かないふりをされて議題にも上らないのだろう。

 

少しでも崩壊がゆるく、この国にソフトランディングの可能性があるのは、アメリカ経由の統治のほうかなと思うので、そちらの候補が総裁になることを願うしかない。

 

話は変わるが、中国の三峡ダムは、湖北省にあり、長江流域に建設されている。ダムの上流には重慶、下流には武漢、南京、国際都市・上海という大都市が連なる。秋雨前線が長く伸びて、日本を縦断して連日の長雨を降らせていた8月時に、そのしっぽあたりは、長江のいずれかにも雨を降らせていた。よって、再度の洪水が発生し、三峡ダムも満水時に近い水位となっている。

 

三峡ダムの決壊は毎年取り上げられるのでオオカミ少年的な感じは否めないのだが、仮に三峡ダムが決壊するようなことがあれば、中国の人口の約4割に当たる6億人が、決壊によって何らかの被害を受けるといわれている。すでに度重なる洪水で、農作物や家畜に被害が出ているうえの大災害になるので死活問題だろう。大国の食料などの不足分の穴埋めに狙われるのは、近隣の国になる。要するに、わたしたちの国だ。

 

経済面でも、広東省深圳にある不動産大手『中国恒大集団』の運転資金が枯渇して、明日9月23日が支払期限になっている。派閥の違いから、現執政者が助けなければ、デフォルトになるだろう。膨れ上がった中国の不動産バブル崩壊のはじまりになるかもしれない(世界に混乱を起こすために、武漢ウイルス同様、悪手として使われる可能性もある)。

 

いまや30年前とは違い、中国経済はアメリカをはじめとする世界経済と深く結びついている。もちろん日本経済とも。

大陸の経済の崩壊は、大陸だけの話にとどまらない。とくに地理的に近い日本への余波は、はかりしれない。

 

これからは怒涛の変化が来るかもしれない…。

 

目覚めていないと、引き潮に乗ってはるか遠くへ連れていかれることになる。さらわれない様に、ふんばるしかない。