人はなぜ苦しい人生を生きなければならないのか?

生きることはなぜ苦しいのか?

人生はなぜつらいのか?

自分は何を目指して生きているのか?

食べて、寝て、動いて、笑って、トイレ行って排泄して、人とお話しをして、人と争そって、競い合って、勝負して、勝って喜んで、負けて悔しんで、疲れて、そしていつもいつも怒って怒って、悲しんで、悲しみをまき散らして。

人は生まれてからずっとそんなことをして、”人生”という時間を費やして、死んでいく。

何がうれしいのだろう?

何が楽しいのだろう?

人生は自分の思うようになりたいのに、思うようにならない。

それは自分のせいなの?

他人のせいなの?

社会のせいなの?

自分の責任にしても、他人の責任にしても、社会の責任にしても、解決方法を知らなければ、自分の人生の時間が終わる。

死ぬ時の最後は、あきらめの中で死んでいく。

でも、死んだ後、霊として”たましい”は残る。

自分の”たましい”は生き続けるの。

そして”たましい”は生きていた時間を後悔しながら生き続けるの。

もう一度、人間として生まれ変わってやり直したいと”たましい”が消滅するまで一人で待っている。

ずーっとずーっとずーっと。

だれも助けに来ない。

でも信じて頼って、ずーっと待っている”たましい”が、苦しみながら、後悔しながら、たくさん、たくさん、とてもたくさん存在している。