2021年10月3日pm0:58受

自分の人生が、どれほど苛酷であったとしても、

それを、誰かの、或いは何かの、

せいにしないことです。

自分がどのようなプランを選んで、

このちに、この時代に生まれてきたのかを、

自分自身の意識の中において、

よく、よく、検証をしてみる、ということです。

何かの理由がなければ、そのような事象は、

起こることは、ないはず、なのです。

自らで、わざわざ、その親を選んで

生まれることを選択する、ということが、

「何を学ばなくてはならないから、

人間として生まれてきたのか、」という問いに対する

解答というものが、必ず、そのたましいの中に

置かれているはずです。

自らの人生が、不遇であり、不毛なものだと

思い続けている限りは、そのたましいに

刻印されているはずの正しき解答というものは

見つけ出されることは、ないのでしょう。

苦労をしてまでも、学ばなくてはならなかったこと、とは、

一体、何であったのだと、思われますか。

人生は、不断のたたかいであり、

その、たたかう相手、とは、他者ではなく

自らの存在のうちに隠された、「何ものか」

であることに、気が付きませんか。

光と闇を分けるとは、

そういうことなのです。

ご理解をして

いただけましたでしょうか。

 

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2021年10月2日am9:50受

“それらのエネルギーが、

当たり前で、普通に在るものだと、

気付くことが出来る

世の中に、なるために、

行動を、起こす人間が、

必要なのだということなのです。”