第4章 No.3 一神教の世界の最終目的地「最後の審判」

退化していった文明の先には滅びの道しか待っていません。それを阻止するために、防御的に置かれたのが「最後の審判」という概念なのかもしれません。

そして複数の人間が「最後の審判」を乗り越え、その人数がある閾値に到達した時点で、「一神教」の世界はその二千年の役割を終えて、新しい次元に進むことになるのでしょう。日本的に言うと、「百匹目の猿」という言葉で表現される現象です。

その結果、これまで莫大なマネーを所有してきた一部の支配者達の手によって進行してきた世界が、今までとは違う、新しい契約のもとに再構築されることを期待します。

 

第4章 No.2 一神教の世界

一神教の世界には、神様が一人しかいらっしゃらないので、その神様のもとに創られる世界も、基本的に一つのルールの上に成立しています。

そして一神教の世界で、神様の存在を証明しようとして発展してきた科学は、結局、神様を証明することが出来ずに、唯物論の世界観に帰着してしまいました。

唯物論の世界観でも、生物は様々な面で成長し進化していくことができる、という考え方を否定はしません。しかし、唯物論の世界では、多くの人間が、より独善的で「我良し」の思考系を持つようになるみたいです。そして独善的な思考系のもと育った人間の知能は、少しずつ退化していく様に感じます。

そして「今こそ時は極まれり」です。

第4章 No.1 小宇宙を更新し続けた、その先へ

ありのままの物質宇宙を小宇宙に投影できるようになってくると、気・念・呪・想・霊・魔を基本とするこの世に渦巻く波動エネルギーを識別し、知識に変換することで、それらの影響をあまり受けないようになっていきます。意識化できていなくても、そのような知識があるだけでも人は変わっていきます。

そして、自分が望むような世界であって欲しいと望む「心」という色眼鏡を通して接していた物質宇宙を、色眼鏡無しに小宇宙に映すことが出来る様になっていきます。それは、如何にマネーの力で今の世界が動いているのか、ということに、気がつくようになっていくということです。

そして、きっと、今ある物質宇宙のゴールの一つである「最後の審判」を乗り越えたその先に、未知の次元にアクセス可能な「新しい地平」が広がっているのだと思います。

第4章では、自身の小宇宙を正しく更新し続けることで到達することが出来るかもしれない、未来の可能性について考えていきたいと思います。

第3章 No.24 大学を辞めた最後の日

私はこの大学では年度途中から三年間の任期制で働いていたので、大学を辞める日も、年度途中となりました。前年度の補助事業の報告書は提出していましたが、その後の「額の確定調査」には参加することが出来ませんでした。ですが、辞める日当日までに確定調査用の書類をできるだけ完璧に揃えました。もちろん、経理課の書類も抜き出して、部署ごとにファイリングしました。書類に不備がないように、最終日は終電近くまで書類内容を確認し、後任者にデータが入った USB を託してその大学を後にしました。

そして電車に乗りました。そうしましたら、途中の駅で電車が止まりました。どうも一つ先の駅で人身事故があったそうでした。ちがう路線で一つ先まで進めば、ひょっとして別路線で家に帰れるかもしれない、と考えた私は先へと進んだのですが、結局、動いているのは人身事故があった路線だけだったので、すごすごと、その路線のホームへと戻ってきました。そうしましたら、人身事故は死亡事故だったらしく、ブルーシートで囲まれた中で駅員さん達が作業している、まさにその近くのホームに出てしまいました。そして、その後一時間位して電車は動き出しました。

まさに、とほほ、な最終日でした。やはり、私にとって、この時携わった補助事業は、呪われた補助事業であったように思います。

第3章、完。

第3章 No.23 変わった指摘事項の一例

私には直接関係するものではありませんでしたが、補助金の使い方について驚くような内容の指摘が入ったことがあった、と人伝に聞きました。ある部署で、同じ高額機器を二台購入したそうです。その高額機器を購入するために用いた補助金は、違う省庁から出ているものでした。例えば、一台は文部科学省、一台は厚生労働省から出た補助金で購入したものだったとしましょう。それを同じ部屋に設置していました。そうしましたら、調査の際に、「違う省庁の補助金で購入した機械を同じ部屋に設置するのはおかしい。」との指摘が入ったそうなんです。そこでとられた対策は、一つの実験室にドアを二つ設置して、部屋の真ん中に棚などを設置することで、二台の高額機器を仕切る、というものでした。馬鹿らしいと思いませんか?まるで、日本の縦割り省庁の現状を象徴するような出来事です。

その後、私は実際にその部屋の様子を目にする機会がありました。そこには、確かに耳にした通りの光景が広がっていました。

とは言うものの、当時 H さんから「省庁を越えて、共同で国のお金を使える仕組みを作りましょう、という動きがある。」と伺っていたので、今では改善されているかもしれません。

第3章 No.22 非合理な決まり

私が関わった補助事業は、その大学に所属していない他大学や企業の研究者の方々が、その大学の研究機器を利用できるようにしましょう、というものでした。この事業を発展させるためには、先ず、対外的に事業内容を知ってもらう必要があります。そのため、私が参加した当初は、生物系の展示会に複数の大学でブースを共同で出展し、本事業の宣伝を行なっていました。もちろん、そのための費用は、補助事業費で賄っていました。

ところが、ある年から、展示会へのブースの出展費用や出張費に補助事業費を用いてはならないことになりました。どうしてそう決まったのかの理由が、私には全く理解できませんでした。

そのようにして、とにかく、締め付けだけが厳しくなっていったのです。

第3章 No.21 国の調査を経験して思ったこと

政府の予算を活用した事業を行う以上は、きちんとした計画と報告は必須事項だとは思います。しかし、私がその補助事業に関わった、たった三年間だけ見ても、政府の締め付けがどんどん強くなっていきました。私が思い描く、理想的な関係は、国がお金を補助することで、大学側ができることが広がり、より良い大学運営を行うことができ、その結果、国全体の研究レベルや産業の発展にも繋がっていく、というものです。

ただし、現在の文部科学省と大学の関係は「国が補助金を使って大学運営を助けてあげているのだから、大学は黙って国のいうことに従え。」という上下関係にあるように感じます。おそらく数少ないトップクラスの大学のみに、「発言権がある」状況にあるように思います。

「額の確定調査」も、補助金が適正に利用されているかの確認にすぎないはずなのですが、一部の方々は、まるで「大学側の粗探しをすることが仕事だ。」と勘違いされているように感じました。

ちなみに、確定調査当日と再調査の日に、M さんではない二人の経理の調査員が「来年の調査も宜しくお願いします。」と帰り際に声をかけてくださいました。

第3章 No.20 ちがう方法はあったはず

私は今までに何度も何度も失敗を繰り返し生きてきました。それを少しずつ克服してきたつもりなのですが、まだまだ、なようです。当時、どのような選択肢があったのか、今になって考え直してみました。JST には M さん以外の担当者もいました。なので、その方々に相談する、とか、大学側の方々と相談する道もありました。それを、私は M さんとのやりとりで感情的になってしまい、そのまま「確定調査」の当日を迎えることになりました。

当時は、自分のことでいっぱいいっぱいで、それ以上の対策をとることができませんでした。本当は、もっと物事を穏やかに進める方法はあったはずだった、と、今では思っています。

第3章 No.19 当時をもう一度振り返る

2022 年、この文章を書きながら、今一度、「私は何故 JST の方に相談しようとしたんだろう?」と再考してみました。「私が担当していた書類は文部科学省の H さんに相談すれば解決することばかりだったはずだけど、なんで JST に電話したんだろう?」と改めて考えてみました。そうしましたら、思い当たるものがありました。あまり覚えていないので、ここからは推測です。

多分、確定調査の書類を準備する過程で、「この書類を、この形で調査するのは大変だろうなあ。」と考えて、どのように書類を準備したら調査が順調に進むかについて相談したくて、JST に電話をかけたのだと思います。そしておそらく、その時、 M さんと受け答えをするうちに、「もう交渉の余地はない。」、「何を話しても理解してもらえない。」と私自身が諦めてしまったのだと思います(そして、私に都合が悪い記憶を消し去ってしまったのかもしれません)。

そしておそらく、 JST の  M さん側としては、私が M さんの要求通りの書類を揃えて、調査にあたると考えていたのでしょう。それが、M さんの頑なな態度を招いてしまったのかもしれない、と、今になってやっと思い至ることができました。

第3章 No.18 二回目の調査

その後、この経緯を聞いた経理課からの了承を得て、M さんの希望通りに、経理課のファイルから、利用料収入に関わる書類を抜き出して、部署ごとにファイリングして、二回目の調査が行われました。一回目の調査では、確か技術と経理と合わせて5、6人の調査員が参加していましたが、二回目の調査では M さんを含む、二名の調査員が JST からやってきました。

きっと M さんは、私のことが気に食わなかったのでしょう。調査している書類に不備がないと分かると、同大学の他の事業についてのダメ出しを始めました。本来調査対象ではない事業について発言する権利は M さんにはありません。私がその旨お伝えすると、流石に一緒に来ていたもう一人の JST 調査員が、 M さんを諌めてくださいました。

また、経理課のファイルから抜き出した書類は、そのままお返しし、経理課のファイルに閉じ直す、という労力からは免れることができました。

結局、一度目の調査時に全ての関連書類を揃えていたのに、無駄な時間を過ごすことになってしまいました。